『日本原初の神様は誰なんだろう』
今回は、日本の原初に鎮座していた神について考えてみたい。
日本原初というと、皆さんが想像するにアマテラスとかスサノオとかツクヨミとか大国主とか…そんな感じでしょうか。
太陽神や海を司る神、夜をすべる神、国を造る神。それって…
古事記や日本書紀に登場するこれらの神々は、どこか現実離れした印象を抱くのは、世界中にあふれる伝説にも似通っているからだろうか。
もともと、日本列島には豊かな山や森が広がり、そこで自然とともに生きる縄文人たちが息づいていた。彼らが抱いていたアニミズム(自然崇拝)の世界観は、のちにどのような神々へと統合されていったのだろうか。その答えの一つが、大山祇神(おおやまづみのかみ)ではないかと私は考えている。
各地に山岳信仰が芽生え、山そのものが神として畏れられていた時代。その各地の山神を統括し、総合的な神格として捉えられたのが大山津見神の原型ではないだろうか。
興味深いのは、記紀神話における系譜だ。スサノオの妻(櫛稲田姫の父の足名椎が、大山津見神の子を名乗る)から、スサノオの子、八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)の妻(木花知流比売)、天孫降臨を果たしたアマテラスの孫、邇々芸命の妻(木花之佐久夜毘売)(石長比売は帰されてしまうが)に至るまで、物語の重要な節目には必ずと言っていいほど大山祇神の血筋が絡んでくる。これは、のちに大陸や半島からやってきた「渡来系の神々(天孫族)」と、日本列島にもともと存在した「土着の神々」の系譜が、婚姻という形で一つに結ばれたのだと伝えているようでもある。つまり大山祇神は、縄文時代のアニミズムが生んだ日本の原初神であり、その血脈が脈々と皇統へと受け継がれてきたように思えるのだ。
では、その大山祇神を祀る神社の総本山はどこにあるのか。調べてみると、愛媛県今治市(大三島)の大山祇神社に行き着く。皇統の起源や神話の舞台といえば九州や近畿を思い浮かべがちだが、再び「四国」という土地がその中心に浮上してくることに強い驚きを覚える。
総本山に鎮座する神が、アマテラスの系譜やスサノオの妻として名を残し、皇統へとつながっていく。もし神代の神々が渡来系であり、そこに日本原初の神の血が結びついたのだとしたら――これほどロマンに満ちた話はない。神話に登場する「妻たちの系譜」を辿っていくことは、単なる神々の相関図の理解にとどまらず、「日本人」の成り立ちの核心に触れる、大きな意義を持っているのかもしれない。

