八王子 八幡八雲神社 2026 04 30

自宅から近い八王子になかなか行けなかったので、今日は八幡八雲神社に行ってきました。

御祭神

八幡神社
 誉田別尊 / 応神天皇
武勇の神として信仰され、開運・厄除け・学業成就・必勝祈願など。

八雲神社
 素盞鳴尊
国土を守る神、また疫病退散の神として、商売繁盛・縁結び・無病息災・厄落としなど。

末社
永寿(えいじゅ)稲荷神社
赤星(あかぼし)稲荷神
大國社・恵比寿社
厳島神社・江島神社

境内には他に
横山神社
 横山義孝公(横山党の始祖であり、この地の開拓者とされる人物)

御由緒

八王子の総鎮守として知られる由緒ある神社です。平安時代に創建された「八幡神社」と「八雲神社」の2社が合祀された。

八幡八雲神社は、この境内一帯が、かつての横山党の館跡(根拠地)であったと考えられています。境内の「横山神社」には開祖・横山義孝が祀られています。
八王子の中心部にある「横山町」という地名も、この武士団に由来しています。

稲荷神社に関しては、おそらくこの一帯に鎮座していた社をこちらに移してきたのだろう。

〒192-0063 東京都八王子市元横山町2-15-27
https://www.hachiman-yakumo.or.jp/

御朱印

横山神社について

稲荷神社について

おまけ・・・
御神木がなんとも素敵でした。

新宿 花園神社 2026 04 25

御祭神

倉稲魂命 ウカノミタマ
(花園神社)
日本武尊 ヤマトタケルノミコト(大鳥神社)
現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神:日本武尊)を本殿に合祀
保食神(うけもちのかみ)
(雷電神社)
現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社/祭神:受持神)を合祀、郷社に昇格した。
の3柱の神を祀る。

 ※保食神は、『古事記』には登場せず、『日本書紀』の神産みの段の第十一の一書にのみ登場する。 『古事記』では同様の説話がスサノオとオオゲツヒメの話となっている。

御由緒

花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603)以前からもとは稲荷神社で新宿の総鎮守でした。徳川氏が武蔵国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。ただ、時代とともに周辺の神様を合祀し「花園神社」になったようです。そこに合祀されている神様がなかなかに素晴らしい。どんな神様にご挨拶するのかと拝殿をみると・・・
3つの名前があったのですが、なんと「雷電神社」って?
ん?「雷」これは賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)なのかと思いきや、五穀豊穣の神としての保食神(うけもちのかみ)でした。まさかここで大宜都比売(おおげつひめ)に会えるとは。嬉しい限りです。(★の神様豆知識を読んでね)

花園神社
〒160-0022 東京都新宿区新宿5-17-3
http://hanazono-jinja.or.jp/

御朱印

ジンジャーと唐辛子のブレンドティを頂きました。まだ飲んでいませんが・・・

相原 諏訪神社 2026 03 24

お天気が良かったので、近所にある諏訪神社へ行ってみました。
ですがこの日・・・何かの撮影隊が来ていて境内の駐車場はそお撮影隊の車でいっぱいだったし、社務所は貸し出していたのかな・・・
神主さんも居なくていろいろ知りたいことは聞けなかったり御朱印もなしで、ちょっとがっかりでした。また行けそうなときに電話確認して行ってみようと思います。

御祭神

建御名方命(たけみなかたのみこと)
天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
安閑天皇(あんかんてんのう)
大己貴命(おおあなむちのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)宇迦之魂命(うかのみたまのみこと)

合祀
1911年(明治44年) 七国の神社、大谷神明社(天照大御神)、橋本御嶽(日本武尊 おんたけ)社、根岸日枝(ひえ 大山咋神)神社、中相原御嶽(おんたけ)神社を合祀
1913年(大正2年) 境山王社、橋本稲荷社、陽田疱瘡(ほうそう)社を合祀

御由緒

諏訪神社の始まりは、1181年(養和元年) 3月23日 信州(長野県)下諏訪大社を丸山の地に勧請し相原山大明神と称しました。

御朱印

丸山獅子舞(まるやまししまい)

中村雨紅の童謡「夕焼け小焼」

太陽と月
諏訪神社境内に、「太陽」と「月」があります。見つけるといいことがあるかもとホームページで確認したのですが、車を路駐したのでじっくり探す時間がありませんでした。絶対もう一度行かなくちゃ。

御祭神の不思議
実は、ここには諏訪大社で有名な神様、建御名方命(たけみなかたのみこと)が御祭神として祀られていますが、それ以外の神様(5柱)はいったいどのようなご由緒でここに勧請されてきたのかが謎なんです。もし神主さんにお会いできたらぜひ聞いてみたいです。

建御名方命(たけみなかたのみこと)は、日本神話に登場する大国主神と高志の沼河姫(ヌナカワヒメ)との間に生まれた御子神で、諏訪大社(長野県)の主祭神として知られる武勇・開拓の神です。国譲り神話で建御雷神(タケミカヅチ)に力比べを挑み、敗れて諏訪へ逃れその地に封じられたのち、この地の守護神となりました。また、建御雷神との力比べは、相撲の起源ともいわれています。

この祠は???どなた様が祀られているのでしょうか?祖霊社とか・・・
ちょっとわからなかったのでこれも課題ですね。

武蔵国一之宮小野神社 2025 01 10

2025年1月
今年初めてのがん定期検診の帰りに武蔵国一宮小野神社へ行ってきた。
普通に民家の中にあって境内にはいると広い。木々の少なさが気になったが、これは周りの民家に配慮しているのだろうか・・・
ひっそり静かに、ここが武蔵国一宮?他にも名乗る神社はあるが・・・
〒206-0002
東京都多摩市一の宮1-18-8
参考; https://onojinja.or.jp/

御祭神

天下春命(あめのしたはるのみこと)
瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)
稲倉魂大神(いなくらたまのおおかみ)

末社
伊勢神宮内宮 伊勢神宮外宮
鹿島神社 三嶋神社
巌嶋神社 安津神社
子安神社 方便神社
日代神社 愛宕神社
八坂神社 稲荷神社
秋葉神社 堰宮神社

御由緒

廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。

(https://onojinja.or.jp/about/ より)

御朱印

「天下春命・天ノ下春命(あめのしたはるのみこと)」
天下春命は、八意思兼神(おもいかね)知恵の神様の御子神です。饒速日命が天降ったときに、護衛とした32柱の神のうちの1柱とされています。記紀には登場しない神様ですが、旧事本紀(くじほんぎ)に登場します。武蔵の秩父国造らの祖ともいわれています。

「瀬織津姫・瀬織津比咩・瀬織津比売・瀬織津媛(せおりつひめ)」
瀬織津姫(せおりつひめ)は、大祓詞や古史古伝のホツマツタヱ、神社伝承などで存在が知られるが、記紀には登場しない神様。水神や祓神、瀧神、川神である。九州以南では海の神ともされる。祓戸四神の一柱で祓い浄めの女神。
天照大神の荒魂としての瀬織津姫を祭神とする神社として伊勢神宮(三重県伊勢市)がある。

「稲倉魂大神(いなくらたまのおおかみ)」
一般的に「お稲荷様(お稲荷さん)」として親しまれている、日本で最も有名な食物・穀物の神様。古事記では「宇迦之御魂神」、日本書紀では「倉稲魂尊」と書かれますが、どちらも同じ神様です。

ご祭神の謎 (天下春命と瀬織津姫の組み合わせはなぜ?)
天下春命はニギハヤヒが天下ったときに護衛としてつきしたがった1柱であったとすれば、ニギハヤヒの奥様であった瀬織津姫が御祭神となっていてもおかしくはないのかも・・・(ニギハヤヒと瀬織津姫の関係は不確かではあるが、こうしてにニギハヤヒに関連ある神様と一緒に祀られているのであれば関係は深いのか・・・)
また、この地域は多摩川の水害もあったのかもしれない祓い浄めの神でもある女神が祀られたのかもしれない。
※ニギハヤヒは記紀においてニニギノミコトより先に天孫降臨していた神様※

大國魂神社 20250206

武蔵国の総社として歴史ある神社。厄除けや縁結びでご利益があるようです。「國魂」と名の付く神社には行ってみたかったのですよね~
「國魂」なので、その国や地域の守護神的な意味合いだと思うのですが、この神社の主祭神は・・・誰かな?
〒183-0023
東京都府中市宮町3-1
参考; https://www.ookunitamajinja.or.jp/

御祭神

本殿は・・・
中殿
大國魂大神(出雲の大国主神と御同神)御霊大神 国内諸神
東殿(向かって左)
一ノ宮 小野大神 二ノ宮
小河大神 三ノ宮 氷川大神
西殿(向かって右)
四ノ宮 秩父大神 五ノ宮
金佐奈大神 六ノ宮 杉山大神
末社
宮乃咩神社・松尾神社・巽神社
水神社・稲荷神社・住吉神社
大鷲神社・東照宮・国府八幡宮
坪宮・瀧神社・天神社

鼓楼
忠魂碑
日露戦役記念碑
軍艦多摩戦没者慰霊碑
相撲場

御由緒

起源は、第12代景行天皇41年(西暦111年)5月5日大神の託宣に依って造られたものである。出雲臣天穂日命[いづものおみあめのほひのみこと]の後裔が初めて武蔵国造[むさしのくにのみやつこ]に任ぜられ当社に奉仕してから、代々の国造が奉仕してその祭務を掌られたといわれる。御祭神は、大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]で武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものである。この大神は素盞鳴尊[すさのおのみこと]の御子神で昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営された。年間行事のお祭りは毎月様々開かれているようですが、5月の「くらやみ祭」はとても有名なようです。

御朱印

水神社での人形祓え
末社にある水神社の裏手の岩から湧き出す水はパワースポットとしても人気のようですが、ここでは「人形祓え」の人形流しが行えます。紙製の人形に自身の名を書き体の木になる部分を撫でて息をふきかけ心身の穢れや災いを移し境内の小川に流します。ちょっとした清めの儀式を体験できます。
祭神:水波能売命(みづはのめのみこと)加茂別雷命(かもわきいかづちのみこと)玉依姫命(たまよりひめのみこと)加茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と、ここにも気になる神様がいっぱいです。
ちなみに・・・新海誠監督の「君の名は」の主人公、宮水三葉(みやみずみつは)は、みづはのめのみことからとられた名のようですよ。


宮乃咩神社 みやのめじんじゃ
御祭神: 天鈿女命(あめのうづめのみこと)
天岩戸の前で舞を踊ったとされる女神で、日本最古の踊り子(芸能の祖神)とされています。鎌倉時代、源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願した神社として知られています。「底の抜けた柄杓(ひしゃく)」の奉納
安産祈願の際、水が通り抜けるように「お産も軽く済むように」という願いを込めて、底を抜いた柄杓を奉納する独特の習慣があります。
大國魂神社と同時期(西暦111年)の創建と伝えられる、非常に歴史の古い神社だそうですよ。


大国主命(おおくにぬしのみこと)
国造りの神様で、記紀では試練と自愛の国津神。農耕や医薬の知恵を人々にもたらした功績で知られる。また日本神話には欠かせない神様だが国譲りをする条件に壮大な宮殿(社)を要求しそれが出雲大社であると言われている。

ご祭神の謎
徳島県美馬市に倭大國魂神社があります。この社の主祭神は大国魂命と大己貴命(おおなむちのみこと)です。この大己貴命は、大国主命と同一神なのですが・・・では大国魂命は誰なのか?という疑問が残ります。大国魂命は、大和国そのものともいわれ、大和地方に地主神ということになる。大和地方を治めた最初の神は・・・ニギハヤヒ? また、彦火明命(ひこほあかりのみこと)とも言われ、同神? ニギハヤヒは、ニニギよりも早く天孫降臨している神ということですが、本当に気になる神様です。

三谷八幡神社 2025 01 25

ふらっと立ち寄る村の鎮守様的な・・・おでかけついでに町中にある神社をのぞいてみるのもいいものです。
梅が綺麗でした。
〒142-0062
東京都品川区小山5丁目8-7

御祭神

誉田別命(応神天皇)
(ほむたわけのみこと)
摂 社 宇迦之御魂神
(ウカノミタマ)
境 内 地蔵尊、馬頭観音、庚申塚

御由緒

こちらは小山八幡神社からの分祀にて創建とされています。
小山八幡神社は長元3年(1030)ご創建の八幡神社で、小山村一帯の鎮守です。江戸時代の延宝・元禄年間(1673~1704)に三谷地区の名主・石井助太夫が小山八幡神社の八幡神像を屋敷内に奉遷されました。その後、当地にあった出世稲荷社の境内に遷座して「三谷八幡」と呼ばれるようになり、小山村・三谷地区の鎮守となりました。
https://sanya-hachiman-jinja.localinfo.jp/ より

御朱印

小山八幡神社と三谷八幡神社の両社祭の際の御朱印を頂きました。

「誉田別命・応神天皇(ほむたわけのみこと・おうじんてんのう)」
第15代天皇で、神功皇后(じんぐうこうごう)の子で武人として崇められました。日本中の八幡神社で祀られています。
「宇迦之御魂神(ウカノミタマ)」
日本神話に登場する穀物の神様です。古事記ではスサノオと神大市比売(カムオオイチヒメ)の子で大年(オオトシ)と兄弟(妹)。日本書紀では、イザナギ、イザナミの子。京都伏見稲荷大社をはじめ全国の稲荷神社で祀られています。性別はわかりませんが女神として表現されることが多いです。

ご祭神の謎
応神天皇は、仲哀天皇と神功皇后の子とされてるのですが、仲哀天皇崩御後に生まれ、はっきりと生まれた日にちが記されていることも意図的と言われています。父親説としては、武内宿禰、住吉大神、百済王説などがあります。4~5世紀頃の天皇と思われますが、この時代には渡来人の受け入れが多くあり、大陸文化も伝わった時代です。
宇迦之御魂神を祀る稲荷神社も渡来系氏族秦氏が深く関わり信仰していた神ともいわれ、秦氏は古代ユダヤともいわれ、このためウカノミタマとヤハウェを同一神とみる議論もあります。また、豊受大神(伊勢外宮に祀られるトヨウケノオオカミ)とも同一視されることがありますが信仰される場は異なります。すごく謎ですね。

赤坂氷川神社 20250215

赤坂氷川神社
スサノオさんに会いにやってきました。南口参道から入りましたので、稲荷には寄れていませんが、境内は何とも言えない江戸情緒?(いや子供の頃の懐かしさみたいな・・・)そんな懐かしい空気を感じました。ここが都会とは思えないほどなじむ感じです。
山車(だし)をみることができたのですが、神輿文化の発展した東京で山車をみることができるとは!!感激です。神武天皇や日本武尊の人形が乗っています。歴史ある文化財も機会があれば見たいものです。〒107-0052
東京都港区赤坂6-10-12
参考; https://www.akasakahikawa.or.jp/

御祭神

素盞嗚尊
奇稲田姫命
大己貴命(別名/大国主命)
出雲系神様です。

御由緒

創祀は、天暦5年(951年)東国を遊行していた蓮林僧正が一ツ木村(現在の赤坂4丁目付近)で一夜を明かすと夢中で御祭神のお告げがあり、この地に氷川明神の社殿を建てお祀りをしたことにはじまります。
徳川吉宗公建立の御社殿は、幾多の震災・戦災を免れ建立当時の姿を現代に伝えます

参考; https://www.akasakahikawa.or.jp/

御朱印

素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本神話においては、神剣・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、三種の神器のひとつ「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」を八岐の大蛇(やまたのおろち)の退治にて手に入れるなど勇猛果敢な神様です。

奇稲田姫命(くしいなだひめ/くしなだひめ)
八岐の大蛇の生贄となったところを素盞嗚尊に助け出されました。後に結婚し、この際に素盞嗚尊が詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠み(つまごみ)に 八重垣作る その八重垣を」は、和歌の起源とされています。

山車(だし)神武天皇・日本武尊が鎮座した山車を観るのは初めてです。

代々木八幡宮2026 01 20

烏森神社 2025 10 31

倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)
※稲荷神
天鈿女命(アメノウヅメノミコト)
※天岩戸伝説で踊った神様
瓊々杵尊(ニニギノミコト)
※天孫降臨した天照大神の孫

関東で瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀っているのは珍しいなと思い来てみました。古事記では神が初めて地上へ降りたというお話で出てきます。大国主(オオクニヌシ)が国譲りをした神が瓊瓊杵尊です。天照大神の孫ですので、現在の天皇家先祖となりますね。ほんとに存在していたかは別として、ご利益はなんでしょう。家庭円満?かしら。また、天鈿女命(アメノウヅメノミコト)を祀っているのも珍しいです。関西の方では猿田彦神と祀られることもありますが、芸事の神様として勧請されたのでしょうか。詳しいご由緒はわかりませんでした。

成子天神社 2025 05 31

東京メトロ西新宿駅1番出口からわずか2分の成子天神社へ行ってきました。ここは七福神巡りしなくても七福神がいらっしゃるありがたい神社です。そして、なんとここには木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)が祀られているということで、富士塚ととも興味津々!!
でもでも・・・天神様ということは菅原道真が主祭神の神社なんですよ。
謎ですねー・・・
あいにくの雨でしたが、お参りの間は雨も小降りでラッキーでした。

〒160-0023
東京都新宿区西新宿8-14-10
参考; http://www.naruko-t.org/

本殿
天神様(菅原道真公)
>>摂社<<
浅間神社
木花之佐久夜毘売
(このはなのさくやびめ)
水神社
水波能売命
(みずはのめのみこと)
鳴子稲荷神社
宇迦御魂命
(うかのみたまのかみ)
大神宮
天照大御神/天照皇大神
(あまてらすおおみかみ)
大鳥神社
日本武命
(やまとたけるのみこと)
七福神
恵比寿、大黒天、毘沙門天、
弁財天、布袋、福禄寿、寿老人

まずは千百年ほど前は、アマテラスを祀る神域だったそうで、903年に菅原道真公がなくなり、家臣の佐伯と斎宮がその徳を慕い、公の像を柏木村に持ち帰り祀ったことで後に家光公より柏木鳴子の地を賜り、天神社として社殿を創建した。
もともとは天照大御神から始まり、天神様から現在にむかって、時代の流れとともに様々な神様が勧請されて集まってきた神社です。鎮座する多様な神様たちを知ると、ここがとてもパワーのある神域であることが感じられます。
都会のど真ん中ビルやマンションで囲まれたこの場所は、都会の中の静寂を保つ神域なんだと感じることができますよ。

菅原 道真 公 (すがわらのみちざねこう) =天神様
平安時代中期に活躍した貴族・学者・政治家で、学問の神様として広く天神様として祀られています。藤原時平の策謀により、無実の罪で大宰府に左遷されました。亡くなって後は全国各地に天満宮が建てられ、学問成就や厄除けなどのご利益を祈願するようになりました。

木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)
日本神話に登場する神様で、父は大山津見神(おおやまつみのかみ)配偶者は天孫降臨で有名な邇邇芸命(ににぎのみこと)で姿美しい女神様。天皇家の系図に登場する重要な神である。別名がたくさんある。また富士山信仰との結びつきが有名だが、父が山の神だからなのか・・・その辺の富士信仰とのつながりは謎。神話では出産時に火の中で3人の子を産んだことも関連しているのかもしれない。また、邇邇芸命(ににぎのみこと)との婚姻の際に大山津見神は、木花之佐久夜毘売の姉で石長比売(イワナガヒメ)を邇邇芸命に嫁がせようとしたが、邇邇芸命は美しい木花之佐久夜毘売だけを娶った。そのせいで神の寿命は、人間のように短くなったという神話が描かれている。

成子天神社写真の順
参道→赤鳥居→ご由緒書き→手水社→神門(風神雷神)→本殿→撫牛

摂社他の写真
大神宮→鳴子稲荷神社→三つ鳥居井戸→水神社→浅間神社→木花之佐久夜毘売→富士塚由緒書き→富士塚

富士塚は大正9年(1920年)、境内の小山に富士山の溶岩が運ばれて築かれた。新宿区登録文化財になっている。霊峰富士・・・この日は雨でちょっと怖かったので上らなかったけど、頂上まで登ることもできますよ。

七福神他写真
布袋和尚→寿老人→福寿老→弁財天→毘沙門天→大黒天→恵比寿→おもかる石由緒書き→おもかる石

その他写真
狛犬→夫婦公孫樹(めおといちょう)→成子天神社案内

おまけ・・・
成子天神社は新宿駅からも歩いてもいける。(今回は電車つかいましたが)
帰り道は新宿まで歩きました。西新宿からの帰り道にSOMPO美術館があるので、寄り道していくものよいかと思います。この日は藤田嗣治展をやっていたが、ここにはゴッホの「ひまわり」が常時展示されている。
1987年、53億円という超高額で購入されたそうだが、この世界にひまわりを題材にしたゴッホの作品は十数枚あるといわれるが、その一つがここにあるので、帰り道に鑑賞するのもよいかもです。