

自宅から近い八王子になかなか行けなかったので、今日は八幡八雲神社に行ってきました。
御祭神
八幡神社
誉田別尊 / 応神天皇
武勇の神として信仰され、開運・厄除け・学業成就・必勝祈願など。
八雲神社
素盞鳴尊
国土を守る神、また疫病退散の神として、商売繁盛・縁結び・無病息災・厄落としなど。
末社
永寿(えいじゅ)稲荷神社
赤星(あかぼし)稲荷神
大國社・恵比寿社
厳島神社・江島神社
境内には他に
横山神社
横山義孝公(横山党の始祖であり、この地の開拓者とされる人物)
御由緒
八王子の総鎮守として知られる由緒ある神社です。平安時代に創建された「八幡神社」と「八雲神社」の2社が合祀された。
八幡八雲神社は、この境内一帯が、かつての横山党の館跡(根拠地)であったと考えられています。境内の「横山神社」には開祖・横山義孝が祀られています。
八王子の中心部にある「横山町」という地名も、この武士団に由来しています。
稲荷神社に関しては、おそらくこの一帯に鎮座していた社をこちらに移してきたのだろう。
〒192-0063 東京都八王子市元横山町2-15-27
https://www.hachiman-yakumo.or.jp/
御朱印












横山神社について
鎌倉時代初期(1214年頃)に創建され、現在は東京都の旧跡に指定されています。御祭神は、横山義孝公(横山党の始祖であり、この地の開拓者とされる人物)です。
横山党(よこやまとう)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて、現在の東京都八王子市(武蔵国横山荘)を本拠地に勢力を誇った、中世武蔵国で最大規模の武士団
◆平安時代
・924年(延長2年)、小野氏が武蔵守として着任した際、石清水八幡宮を勧請して、八幡八雲神社を建立した。
・1113年(天永4年)、愛甲内記太郎の殺害事件により追討を受ける。源為義に服属する。
・1156年(保元元年)の保元の乱および1159年(平治元年)の平治の乱では、源義朝麾下(畠山氏に従属との説もあり)に従軍し活躍した。
◆鎌倉時代
・『平家物語』によると、治承・寿永の乱でも活躍し、小野成綱は尾張守護に補任された。
・源頼朝が鎌倉幕府を開くと、横山党の横山時広は軍功により横山荘の所領を安堵された。
・1213年(建暦3年)和田合戦で、姻戚関係にあった和田義盛に加勢したが和田氏と共に敗れ横山時兼とその一党は、その後横山党としては歴史の表舞台から消える。横山党本拠地であった横山荘は大江広元に与えられた。なお、横山氏末裔として、横山氏居館のあった八王子市八幡八雲神社に並ぶ妙薬寺(みょうやくじ)には、 横山将監小野秀綱の供養塔がある(妙薬寺縁起)。この宝篋印塔は永禄3年(1560年)に造立されたもので、東京都指定旧跡となっている。
・1214年(建保2年)、大江広元は横山党の始祖横山義孝を祀った横山神社を八幡八雲神社の境内に創建した。
・1221年(承久3年)、承久の乱で院側についた小野成綱の子尾張守護小野盛綱は、乱後逃亡し守護職を没収された。
・小野盛綱逐電後、跡職に中条家長が就いたといい、1225年評定衆に抜擢される。中条氏繁栄の礎を築いた。
横山義孝公の出自も小野氏(小野篁)につながり、すごい方ですね。



稲荷神社について
八幡八雲神社の境内には、主に「永寿(えいじゅ)稲荷神社」と「赤星(あかぼし)稲荷神社」の2つの主要な稲荷社が祀られています。
永寿稲荷神社(えいじゅいなりじんじゃ)
江戸時代、八王子の基幹産業であった織物業の職人や商人たちから、「商売繁盛」や「産業発展」の守護神として篤く信仰されてきました。永く寿(ことぶき)が続くようにという願いが込められています。
赤星稲荷神社(あかぼしいなりじんじゃ)
もともとは別の場所に祀られていたものが、時代の変遷とともに境内に移されたといわれています。五穀豊穣や開運の神様として親しまれています。
稲荷社のほかにも、以下のような神様が同じエリアに祀られており、ご利益たっぷりな感じがしました。
厳島神社・江島神社: 水の神、芸術・財宝の神。
恵比寿大国社: 福徳・商売繁盛の神。






おまけ・・・
御神木がなんとも素敵でした。




