外務省外交史料館展示室 2024 11 21

外務省外交史料館展示室

麻布台ヒルズ森JP。なぜこんなおしゃれなところに・・・とおもいましたが・・・ここは港区、大使館なども多くある場所なんですよね。ここはほんとに貴重なものが置いてあって、実際に見ることができてすごくよかったです。ペリー来航からの日本の外交に関する文書、条約の締結文書など貴重なものがたくさんあります。必見です!!!
(今回は一部紹介です。)

日米和親条約 批推書(ヒジュンショ)

日本が開国して結ばれた最初の条約ですね。まさにここから日本は国際社会へと飛び出していく最初の一歩であったと思うと、歴史はずっとつながっていると思いました。直にこのような条文を見ると、ふしぎと昔々とつながったような気分になりますよ。

でも日本は、鎖国状態ではあったけれど、学問や技術は実は学者さんたちは海外からの知識も学問として知っていたり、開国後も決して学問的に劣ることはなかったということで、誇りに思います。

戦争放棄に関する条約 認証謄本

これは、1928年(昭和3年)8月27日に調印された条約で、提案国は、アメリカ、フランス、日本、イギリス、イタリア、ドイツなど15か国が調印国として締結(のちに、63か国に拡大)。不戦条約とも呼ばれるそうです。このような条約がむすばれていながら、この後戦争はおきてしまうわけで、私自身勉強不足で知らなかったので、おどろきました。条約の締結は国際社会において重要であると思う一方で、簡単に破棄できてしまう危うさも感じて現代の戦争国などを思うと、恐ろしくも感じました。そして、太平洋戦争終結。
日本の降伏。戦争終結から6年は占領状態。1951年(昭和26年)9月7日サンフランシスコ平和条約、翌日には、日本とアメリカの日米安全保障条約が結ばれました。
当時吉田茂首相が読み上げた巻紙は30mもあり、外国人記者からは「まるでトイレットペーパーのようだ」と評されたそうです。私も実際に見てびっくりしました。
また、日米安全保障条約の署名本書は、これがよくニュースにもなっている「ニチベイアンポ」かと思いました。

この他の条約調印署名も多く展示されており、この目でみることのできるとても貴重な史料なので、世界と日本の歴史をしるよい機会となりました。

おまけ・・・愛宕神社
神谷町虎ノ門方面の改札から少し移動・・・
愛宕神社へ続く参道であったろう場所を歩き、みえました・・・おそろしく急な階段がその階段をのぼれば、都区内では最高峰の三角点があります。愛宕神社はそういう場所にあったのですね。

愛宕神社(あたごじんじゃ)
【主祭神】
火産霊命(ほむすびのみこと)〈火の神〉
【配祀】
罔象女命(みずはのめのみこと)〈水の神〉
大山祇命(おおやまづみのみこと)〈山の神〉
日本武尊(やまとたけるのみこと)〈武徳の神〉 
将軍地蔵尊・普賢大菩薩
ということで、江戸の町の防火のために創建されたことがよくわかる神様ですね。そして、86段の階段ですが、もちろん上りましたよ~雨降りでしたので、傘をさして一段一段ゆっくりと決して振り向かず、下を見ることなく!だって振り返ったら落ちていく感覚になると思ったので。とにかく1段が高さもあり、そしてとても急階段なのです。こんなところ馬で駆け上がるなんて、なんと無謀なと思いますが、間垣平九郎が馬であけあがり徳川家光に愛宕神社の梅を見事献上したことで「出世の階段」とよばれるようになったのですね。結構いろんな方が馬で駆け上がるの成功しているらしいです。(凄い!!!!!)

三角点
愛宕神社がある愛宕山は標高25.7メートル。出世の石段を登り切った右手には、山の証しである三角点があります。天然の山としては、23区内で一番の高さということで、江戸時代はさぞ見晴らしもよかったのではと思います。
帰り道は鳥居階段ではなく脇の階段で下まで降りましたが、あぁここは山なんだな。と実感できます。

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