日本民藝館~近代文学館~旧前田邸
今回の館さんぽは写真がほぼない・・・。
忘れているほど作品に見入ったり、三島由紀夫の生涯に没入したり、旧前田邸の案内解説に耳を傾けたりで、写真がないのだ。これをどう伝えればよいか迷うがなんとか書き記しておこうと思います。
日本民藝館
「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、1926年に思想家の柳宗悦(1889-1961)らにより企画された。柳宗悦(やなぎ むねよし)は、日本を代表する思想家で、宗教哲学や西洋近代美術などに深い関心を持っていた。無名の職人が作る民衆の日常品の美に眼を開かれ、そして、日本各地の手仕事を調査・蒐集する中で、1925年に民衆的工芸品の美を称揚するために「民藝」の新語を作り、民藝運動を本格的に始動させていく。1936年、日本民藝館が開設されると初代館長に就任。
館内にはそういった民藝の数々が展示されているが、どれも素晴らしいものばかりだ。


パンフレットにもなったキリスト像。一瞬「ん?」と思うのは私だけ?だれかが一所懸命だれかが創作したのだろう。フランスリモージュというから高級品ではないか。でも民藝ぽい。
これらの作品にはなんとなく温かみを感じる。なにか賞をいただけるような芸術とは違うのかもしれないが、個人の技術をいかした作品作りの温かさが伝わるようだ。


私が気になったのは硯かな。習字を多少嗜むので、こういう陶器の硯はめずらしい。
河井寛次郎作
高度な釉薬技術を持ち、初期から、民藝期、彫刻のような自由な造形へ作風を変化させ、人間国宝や文化勲章を辞退した気骨の芸術家。
民藝館の建物もとても素晴らしいです。西館(旧柳宗悦邸)は休館日で見学できませんでした。(T_T)




日本近代文学館
三島由紀夫生誕100年ということで行ってきました。前にも触れたことがありますが、三島作品を知ったのは高校生くらいなので、数も少ないです。ただ、歳を重ねるほど、魅力的な人物であったことがわかります。くまなく彼の思想がわかる展示となっていました。幼少期の少し異常な育ち方を知りました。母から引き離され祖母の部屋で育ったって・・・なんで?とおもいました。そんな彼が10代で書いた花ざかりの森を私は読みました。内容はまぁ・・・なんですが、詩的な美しい表現力というかびっくりします。そんな彼が抗議の割腹自殺を遂げるとは。生前もすばらしい作家だったと思いますが、死後は成長する作家と言われ、謎も多く未発表の作品も多かったことから、三島好きは多く誕生したことでしょう。簡単には理解できない人だなと感じました。



旧前田家本邸と和館(1885-1942)
旧加賀藩主前田家だけあって、素晴らしいお屋敷です。洋館の方が家族の生活の場で和館の方が外国の要人用の迎賓館的役割だったようです。昭和17年太平洋戦争で戦死した利為行。その後邸宅は人手に渡り、戦後は連合国軍に接収されましたが、現在は華族様の広大な敷地とともにこうして残されているのはめずらしいことですね。上流華族の生活を知ることができ、また重要文化財としてもとても貴重な建造物です。和館のほうはガイドツアーもあり、お部屋のつくりなど細かく説明を聞くことができます。








おまけ
ランチは、駒場東大前の老舗の定食屋さん『菱田屋』にて。
明治後期に創業されたそうなのですが、今はお洒落カフェのようなイメージに。マグロカツタルタルソースかけ定食ものすごいボリュームで残したくなかったのでなんとか食べましたが、ストマの私には無理な量でした。でも、おいしかったぁ💓


