雑司ヶ谷霊園~早稲田大学~漱石山房記念館
吾輩はネコである。名前はまだにゃい。
このネコは、仕事で使っているキャラクターですが、名前がついていないので、今日はこのネコを使って、雑司ヶ谷霊園~早稲田~漱石山房記念館までの墓地ぼち散歩を書いてみたいと思います。


吾輩が本日スタートしたのは、都電荒川線大塚駅。吾輩も乗車するのは初めて。新宿に都電。雑司ヶ谷までののどかな道のりは少し時が戻ったような不思議な感じ、色はセピアか。そういう時間だったことを伝えておこうにゃん。
吾輩の降り立った駅は、都電雑司ヶ谷の駅
電車を降りるとすぐに見えるのが、雑司ヶ谷霊園である。本日まわった著名な人物たちの墓写真は、一部のみ記載としよう。実は・・・天気が良かったせいで写真が白飛びしているのだ。すまんにゃ。


以前、吉原の浄閑寺で詩碑と筆塚を訪れたが、永井荷風の希望は叶わず浄閑寺には葬られず、永井家の墓に眠ったようだ。吾輩は、この墓に来てあらためて永井家というエリートの家に生まれたことを知る。が、皮肉なものだ家柄がよいから浄閑寺の遊女たちと一緒に埋葬されることはなかったのだにゃん。
ひときわ大きなこの墓は、あの東条英機の墓である。
吾輩の知識の中では、戦争を始めた軍人である内閣総理大臣。一番悪い人ではないか!!だが、戦争をしなければならなかった当時の理由や世界情勢など、戦争と人間に対する戦争責任についても世界の見方も変わってきているようである。戦犯のご家族というのはその後どのようにすごされてきたのか・・・吾輩のように平和に生きているネコにはわからないにゃ。


さすがに、吾輩も目が覚めるような秋晴れ。紅葉もすすんでいるようだにゃ。
吾輩が次に向かうのは、大川橋三の墓。そうそう、銭形平次の演者だ。吾輩も子ネコの時代にテレビで観たものだにゃん。


泉鏡花 吾輩は実は作品を読んだことがない。聞くところによれば、実に独特な世界観と幻想的な小説を書いたとか。吾輩のようなネコについていける世界にゃのであろうか。
小泉八雲 吾輩は知っている。八雲は日本人ではない。が、日本の怪談話や伝説に魅了された外国人。だが、日本人になったとても希少な作家である。なんと、のちに調べてみると、東京帝国大学に勤め、その後解雇、その後任が夏目漱石だったにゃん。今日は漱石が目的でもあるのだが、こんなところでつながるとは・・・奥様のセツさんのお墓も横にあるにゃん。


荻野吟子(おぎの ぎんこ)は、明治時代に日本で初めて国家資格を取得した公許女医第1号。医師を志した理由が、夫から感染した性病(淋病)が原因で離婚し、治療の際に男性医師に診察される精神的な苦痛を経験し、「女性を救うのは女性医師であるべきだ」と強く決意したにゃん。すごい女性だにゃん。
吾輩が理解に苦しむのはサトウハチロー。その人である。あのかわいらしい詩と真逆の風貌と、女好き?何かを世に残す人につきまとう女好きの影。そんなことを吾輩は墓の前でつぶやくのであった。

吾輩の今日の目的の一つ
竹久夢二の墓 といっても、亡骸はここにないかもと先生が話していた。碑なのかもしれないが、なんと小さなかわいい墓碑であろうか。思えば、夢二を知ったのは子ネコのとき。むか~し むか~しの 少女雑誌?の表紙を飾っていたそのイラスト(絵)に魅了されたのだ。吾輩が手に入れた夢二集は、いまはどこぞの古本屋にならんでいるかもしれぬ。残念なことをしてしまったにゃ~。



そして、おめあての夏目漱石の墓である。先生に言われるまで気が付かなかった。この墓は文豪の椅子である。なんと威厳ある椅子の墓。漱石といえば、松山というイメージがあるが、漱石は新宿の人である。新宿に生まれ新宿に眠るである。作品は何作品読んだろうか。
「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「草枕」「それから」「こころ」「明暗」これは未完であった。だが、吾輩、これを今また読むべきではないのか?夫婦といえど・・・うっ!!漱石さんこの話の結末は・・・。


このあと、吾輩が訪れた墓は、川口一族 川口家ではない!一族の墓。松太郎、浩、三益愛子、野添ひとみ そうあの探検隊?の川口隊長の墓である。この一族の墓と対照的に驚いたのが・・・
古河ロッパの墓であった。
そこは誰も草をむしることなく訪れた様子のない驚くべき状況であったからだ。吾輩はロッパを知らないが、後でかの森繁久彌より大きな文字で広告に名があることを知った。誰か、後見人がいないのか・・・この後、きれいに清掃され花が手向けられることを祈ろう。

吾輩は、言語学者の金田一京介 動物形態模写の江戸屋猫八の墓を巡り、雑司ヶ谷霊園をあとにしたのだ。


実は島村抱月の墓もこの時廻っているが、もともと雑司ヶ谷霊園(東京)と浄光寺に分骨埋葬されていた。2022年に雑司ヶ谷霊園のほうを墓じまいして、島根県の浄光寺に納骨され、故郷にかえったということである。雑司ヶ谷霊園にあったころの墓は今はもうない。(2026年現在)


そして!!吾輩は早稲田の門をくぐる!!いやいや、行ったのは早稲田大学演劇博物館。そんな場所があったとは、知らなかった。京マチ子追悼展や坪内逍遥の講演を画像でみてしまった。なんと流暢にはなしているのか。驚いた!!だが、演劇好きなら行って楽しい場所だろう。イベントもやってるようなので確認してのぞいてみるのもよいだろう。



次は、予定外の散策にゃ~!
漱石山房記念館へ
先生に感謝!ここは漱石終焉の地。9年間すごした家の跡地である。漱石が執筆活動した部屋の再現。あぁ、そこにすわってみたい。ここの案内人はみな漱石に熱い。いろんなエピソードが聞ける。ぜひ足を運んでみるとよい。


漱石さんがいました。


吾輩のお楽しみ・・・ランチタイム
本日は、高田牧舎。早稲田大学の目の前のイタリアンレストランである。老舗洋食屋が現在は窯で焼くピザを提供。5名でピザとお肉をシェアしながらのむビールにワイン。最高!!今日もありがとう。




吾輩の好奇心は毎回あふれてこぼれて忘れてのくり返しだが、そういう時間が楽しいのだよ。にゃん!(終)

