有楽町護国寺駅~講談社~護国寺~鳩山会館
有楽町線護国寺の改札を通り階段を上り・・・すでに腿に違和感・・・目の前に講談社のビルが現れました。仕事柄、雑誌やコミックも扱うので、大きな出版社で歴史ある出版社であることもその建物の外観から知ることができました。護国寺は、音羽方面へ駅からすぐでしたので、機会があればぜひ。本日の主役は明治を作った人々のお墓です。(もちろん昭和の方も)


内閣総理大臣 山県有朋さん。
お墓は施錠されており、正面から見ることはできなかったが、奥様の墓と並んだ立っている模様。私のイメージとしては、日本の軍国主義の元をつくった人?今更ながら思うのは
政治家は軍人であってはならないなという歴史の教訓である気もする。




そして、政治家ではなく建築家 ジョサイアコンドルさん。恥ずかしながら、この方がかの鹿鳴館やニコライ聖堂、旧古河邸を建設した方と知らなかった。明治の建造物は実に洋館が目立つのは、イギリスからはるばる来日、そして日本に骨をうずめたこの方の功績なのかぁ。
音楽家?団伊玖磨さんのお墓
音楽家ですが、作家でもあったようで先生に「ぱいぷのけむり」を書いた方と教えていただいたので、どんなものか調べると1958年から1994年まで朝日新聞にて36年間にわたり連載された随筆でした。長い!凄い!36年に渡るなんてもう尊敬です。


そしてさいごは、大隈重信さん
こちらは早稲田大学の創設者にして内閣総理大臣。
数多く大臣に任命された方。1889年10月18日、大隈は不平等条約改正案に反対する玄洋社の来島恒喜に、外務省前で爆弾を投げつけられ右脚に重傷を負いました。 その後切断・・・これ以降、義足で過ごすこととなり、死後その義足は早稲田大学や大隈重信記念館などに残されているそうです。
鳩山会館(旧鳩山邸)は、内閣総理大臣(第52~54代)を務めた鳩山一郎が1924年に建てた私邸です。
もうお金持ち!!!というしか・・・・
鳩山家が音羽の地に居を構えたのが、明治24年(1891)秋で、洋館が完成したのは大正13年(1924年)、平成8年(1996年)6月1日に完璧な修復工事がなされ、鳩山会館として生まれ変わったそうです。

















