神道の変遷
日本人は宗教を持たない民族と思われがちであるが、実際私も無宗教である。だが、祖父母や親の葬式は仏教で墓もある。儀式として使う仏教や、新年のあいさつは神社に手をあわせに行ったり・・・不思議な民族と世界からみるとそんな感じなのかな。八百万の神が日本にはいらして、日本人的道徳感をはぐくんできた。仏教はインドから中国、日本へと伝播してきたが、神道は日本ではぐくまれた。神道は宗教とはちょっと違う気がする。では神道の変遷を古代から考えてみよう。
<縄文時代>
自然崇拝。所謂、アニミズムである。人が住む集落で、山・巨石・月・星・木や雷などに神が?宿ると考えられてきた。そこに社殿などはなくただ神聖な場所であったのだろう。
<弥生時代>
おそらく外からやってきた神話などが結びつき原初の神道がはじまり、擬人化されていく。日本中の住む場所によって神様が乱立したのではないか。また祭祀の原型もできあがっていく。銅鐸・銅矛・銅鏡・銅剣(東博でも見られるよ)が祭祀の道具になっていく。神聖な場所での祭祀のはじまり。さらに国ができ統治する王のほかに祭祀を執り行う巫女も絶大な力を持っていたのではないか(卑弥呼とかね)。ご神託(神がかる)が重要になっていく。
<古墳時代>
2~3世紀ころは、墳墓祭祀(統治継承や祖霊信仰)が始まる。国々に大事なものとなり村から国主導のもと広まる。古墳にはいろいろな道具や装飾品が一緒に埋められているが、神道はそもそも穢れを嫌うので、この墳墓祭祀は渡来信仰が混ざったのかも。4~5世紀には渡来信仰がさらに入り混じっていく。仏教は6世紀と言われるが、もう少し早い時期にはいってきたのではないか。そういったものの影響を受けたと思われる。
<6世紀~ 飛鳥時代~>
神社祭祀の始まり。祭祀を行う一族が豪族となっていく。鴨氏や卜部氏や忌部氏、物部氏など(他の氏族ももちろん)
仏教伝来に伴い、神様を住まわせる社が寺社を参考に造られたのではないか。寺社は阿弥陀様だが、神社には様々な神様が鎮座された。そして、神仏習合となっていく。明治時代の神仏分離まで約1200年続いた。ただ、この間にも古事記や日本書紀編纂時に日本全国に鎮座した神様は国の方針で上書きされていったのではないか。多神教から一神教へ?
<明治時代>
明治維新によって国家が押しすすめたものに国家神道がある。これは原始の神道とは違っていて、まずは江戸時代に力を持ちすぎた寺をつぶすため廃仏毀釈が進められたが、実際には神社のほうがつぶされていった。土地を多く持っていた神社を合祀することで、土地を奪い、神様の居場所を統一していく。政から離れた地方には原始の神道も残されたが、国家としては一神教にしたかったのではないだろうか。そもそも宇宙の神は一人(一つ)なので、そこは理解できるのでいいけれど、八百万の世界観は少し変わっていく。ここで古代の真実も消されていく。各々の神社で守ってきた歴史が隠されていった。
<戦後の神道>
GHQによって日本の教育が大きく変わっていった。同時に信仰心も薄れていった。だが時代は変わっても日本人は神社に鎮座される神様に挨拶にいくという行為を忘れない。最近はその神様たちに興味をいだき古代史に関心をもつ私のような存在も増えている。戒律や聖典を持たない神道は、「八百万の神が居る」という世界で人の在り方を全うしようとしているのかもしれない。八百万という考え方が日本人の中に残ったのは素敵な世界に思えるけどね。

