天皇の話 その1(決史八代?)
古代史ではよく語られる決史八代の天皇がいる。第2代~第9代天皇である。記紀の中ではほぼお名前やその皇后や御子の記載のみで特に功績など書かれてはいない。作られた天皇ではないかという説がある。だが・・・地方にいけば伝承もあり、神社もあるのだ。しかも四国に!神武天皇から先の天皇はしばらく四国が拠点だったのではないか・・・。少し紹介してみよう。
① 綏靖天皇(第2代 すいぜい)
神奴名川耳尊 (かんぬなかわみみのみこと)
妃:五十鈴依媛命(媛蹈鞴五十鈴媛の妹) 父は事代主(ことしろぬし)
※河俣毘売(かわまたひめ)とは同一・・・子供が安寧天皇なので。
※妃は出雲系磯城家(しきけ)から。
<<主祭神として祀られる神社>>
井川神社(愛媛県)兄の神八井耳尊(かんやいみみのみこと)も祀られており記紀編纂より前に遷座しており、この地域との関りが強いのではないか。
②安寧天皇(第3代 あんねい)
磯城津彦玉手看命 (しきつひこたまてみのみこと)
妃:阿久斗比売 (あくとひめ)
※淳名底仲媛命 (ぬなそこなかつひめのみこと)とは同一・・・子供が懿徳天皇なので。
※妃は出雲系磯城家から。
<<主祭神として祀られる神社>>
安寧天皇神社(奈良県)御陵(お墓)の上に鎮座していたと伝えられている。明治時代には御陵整備のため、現在の場所に社は移される。
③懿徳天皇(第4代 いとく)
大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとものみこと)
妃:飯日比売命(いいひひめのみこと)
※天豊津媛命(あまとよつひめのみこと)とは同一?・・・子供が孝昭天皇なので。
※妃は出雲系磯城家から。
<<主祭神として祀られる神社>>
神社は今のところ見つかっていないが、おそらく奈良に居たのでは?
妃が磯城家系だから。
第2代~第4代を考えると、まず第2代綏靖天皇が愛媛にゆかりがあるとすると、神武天皇が東征したのは四国の中の出来事なのではないか?と思えてくる。
さらに、妃を確認してみると磯城家というのは事代主につながる出雲系の氏族で元をたどれば大国主(おおくにぬし)につながる。そこが必ず妃となり、さらに天皇になる継子の母にもなっている。天皇を調べると、その周りの関連も見えてくる。磯城家は奈良にいた?古代から?とにかくもう少し天皇の歴史を追ってみよう。この続きはまたいずれ。
<おまけの妄想>
出雲は島根なはずだけど・・・磯城家(出雲系)はこの頃島根にはいない。じゃあ・・・大国主は元はどこに祀られた?

