高徳寺へ
高徳寺
新井白石のお墓があるが、このお寺とは縁が深いらしいです。
白石は、延宝三年(1675)から同七年までと、元禄四年(1691)から同六年の2回、この寺の居候(寄食)であったらしいです。このあと新井家のお墓もたくさん出てきますよ。

東洋大学学長・社会学者であった磯村英一(磯村春子の長男)が寄贈した墓碑があり、「荒波の寄せてくだくる 岩の上に 独りほほえむ 濱菊清しも 春子」と刻まれている。

柳家三亀松(やなぎやみきまつ)大正・昭和の漫談家。常に三味線を片手に舞台にたっている写真が多い。レコードもたくさん出しているようですよ。都都逸漫談がYoTubeでも聴けるみたいです。https://www.youtube.com/watch?v=BhcDnMJuG6A

日本の美容界のパイオニア山野愛子のお墓。大正時代に美容院を開業し、以来70年間にわたり美容師の育成と社会的地位の向上に貢献した。いったいどのくらいの美容師を育成したのだろう・・・。あとで思い出したのだが、お笑いコンビ・品川庄司の品川祐のおばあ様にあたるのではなかったか・・・・調べたらそうでした。

ここ高徳寺でのラストは・・・長門裕之・南田洋子夫妻の墓及び、沢村國太郎・マキノ智子の墓でもあります。沢村國太郎・マキノ智子は、長門裕之、津川雅彦の父母です。若女形として舞台を務め、映画にも出演。戦後も脇役で活躍したが脳卒中で倒れ寝たきりに・・・この時長きにわたりお世話をしたのが、俳優、長門裕之に嫁いだ女優、南田洋子だそうだ。長門裕之は、数多くの浮名を流したようだが、南田洋子はこれを公認していたとか・・・。おしどり夫婦といわれるが本当のところは? しかし、南田洋子がアルツハイマーになると、長門裕之が自宅で介護。それって愛ある罪滅ぼし?やはりおしどり夫婦なのかな。私の中のイメージはテレビ番組ミュージックフェアの司会をされていたなぁという記憶。15年も夫婦で担当したんですって。先生の資料を読み返したら・・・なんと!!南田洋子には婚約者(長谷川一夫の長男)がいたのに、婚約を破棄して長門裕之と結婚したそうです。なんだろう長門さんによる略奪婚?なかなかドラマチックですね。







