武蔵国一之宮小野神社 2025 01 10

2025年1月
今年初めてのがん定期検診の帰りに武蔵国一宮小野神社へ行ってきた。
普通に民家の中にあって境内にはいると広い。木々の少なさが気になったが、これは周りの民家に配慮しているのだろうか・・・
ひっそり静かに、ここが武蔵国一宮?他にも名乗る神社はあるが・・・
〒206-0002
東京都多摩市一の宮1-18-8
参考; https://onojinja.or.jp/

御祭神

天下春命(あめのしたはるのみこと)
瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)
稲倉魂大神(いなくらたまのおおかみ)

末社
伊勢神宮内宮 伊勢神宮外宮
鹿島神社 三嶋神社
巌嶋神社 安津神社
子安神社 方便神社
日代神社 愛宕神社
八坂神社 稲荷神社
秋葉神社 堰宮神社

御由緒

廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。

(https://onojinja.or.jp/about/ より)

御朱印

「天下春命・天ノ下春命(あめのしたはるのみこと)」
天下春命は、八意思兼神(おもいかね)知恵の神様の御子神です。饒速日命が天降ったときに、護衛とした32柱の神のうちの1柱とされています。記紀には登場しない神様ですが、旧事本紀(くじほんぎ)に登場します。武蔵の秩父国造らの祖ともいわれています。

「瀬織津姫・瀬織津比咩・瀬織津比売・瀬織津媛(せおりつひめ)」
瀬織津姫(せおりつひめ)は、大祓詞や古史古伝のホツマツタヱ、神社伝承などで存在が知られるが、記紀には登場しない神様。水神や祓神、瀧神、川神である。九州以南では海の神ともされる。祓戸四神の一柱で祓い浄めの女神。
天照大神の荒魂としての瀬織津姫を祭神とする神社として伊勢神宮(三重県伊勢市)がある。

「稲倉魂大神(いなくらたまのおおかみ)」
一般的に「お稲荷様(お稲荷さん)」として親しまれている、日本で最も有名な食物・穀物の神様。古事記では「宇迦之御魂神」、日本書紀では「倉稲魂尊」と書かれますが、どちらも同じ神様です。

ご祭神の謎 (天下春命と瀬織津姫の組み合わせはなぜ?)
天下春命はニギハヤヒが天下ったときに護衛としてつきしたがった1柱であったとすれば、ニギハヤヒの奥様であった瀬織津姫が御祭神となっていてもおかしくはないのかも・・・(ニギハヤヒと瀬織津姫の関係は不確かではあるが、こうしてにニギハヤヒに関連ある神様と一緒に祀られているのであれば関係は深いのか・・・)
また、この地域は多摩川の水害もあったのかもしれない祓い浄めの神でもある女神が祀られたのかもしれない。
※ニギハヤヒは記紀においてニニギノミコトより先に天孫降臨していた神様※

大國魂神社 20250206

武蔵国の総社として歴史ある神社。厄除けや縁結びでご利益があるようです。「國魂」と名の付く神社には行ってみたかったのですよね~
「國魂」なので、その国や地域の守護神的な意味合いだと思うのですが、この神社の主祭神は・・・誰かな?
〒183-0023
東京都府中市宮町3-1
参考; https://www.ookunitamajinja.or.jp/

御祭神

本殿は・・・
中殿
大國魂大神(出雲の大国主神と御同神)御霊大神 国内諸神
東殿(向かって左)
一ノ宮 小野大神 二ノ宮
小河大神 三ノ宮 氷川大神
西殿(向かって右)
四ノ宮 秩父大神 五ノ宮
金佐奈大神 六ノ宮 杉山大神
末社
宮乃咩神社・松尾神社・巽神社
水神社・稲荷神社・住吉神社
大鷲神社・東照宮・国府八幡宮
坪宮・瀧神社・天神社

鼓楼
忠魂碑
日露戦役記念碑
軍艦多摩戦没者慰霊碑
相撲場

御由緒

起源は、第12代景行天皇41年(西暦111年)5月5日大神の託宣に依って造られたものである。出雲臣天穂日命[いづものおみあめのほひのみこと]の後裔が初めて武蔵国造[むさしのくにのみやつこ]に任ぜられ当社に奉仕してから、代々の国造が奉仕してその祭務を掌られたといわれる。御祭神は、大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]で武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものである。この大神は素盞鳴尊[すさのおのみこと]の御子神で昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営された。年間行事のお祭りは毎月様々開かれているようですが、5月の「くらやみ祭」はとても有名なようです。

御朱印

水神社での人形祓え
末社にある水神社の裏手の岩から湧き出す水はパワースポットとしても人気のようですが、ここでは「人形祓え」の人形流しが行えます。紙製の人形に自身の名を書き体の木になる部分を撫でて息をふきかけ心身の穢れや災いを移し境内の小川に流します。ちょっとした清めの儀式を体験できます。
祭神:水波能売命(みづはのめのみこと)加茂別雷命(かもわきいかづちのみこと)玉依姫命(たまよりひめのみこと)加茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と、ここにも気になる神様がいっぱいです。
ちなみに・・・新海誠監督の「君の名は」の主人公、宮水三葉(みやみずみつは)は、みづはのめのみことからとられた名のようですよ。


宮乃咩神社 みやのめじんじゃ
御祭神: 天鈿女命(あめのうづめのみこと)
天岩戸の前で舞を踊ったとされる女神で、日本最古の踊り子(芸能の祖神)とされています。鎌倉時代、源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願した神社として知られています。「底の抜けた柄杓(ひしゃく)」の奉納
安産祈願の際、水が通り抜けるように「お産も軽く済むように」という願いを込めて、底を抜いた柄杓を奉納する独特の習慣があります。
大國魂神社と同時期(西暦111年)の創建と伝えられる、非常に歴史の古い神社だそうですよ。


大国主命(おおくにぬしのみこと)
国造りの神様で、記紀では試練と自愛の国津神。農耕や医薬の知恵を人々にもたらした功績で知られる。また日本神話には欠かせない神様だが国譲りをする条件に壮大な宮殿(社)を要求しそれが出雲大社であると言われている。

ご祭神の謎
徳島県美馬市に倭大國魂神社があります。この社の主祭神は大国魂命と大己貴命(おおなむちのみこと)です。この大己貴命は、大国主命と同一神なのですが・・・では大国魂命は誰なのか?という疑問が残ります。大国魂命は、大和国そのものともいわれ、大和地方に地主神ということになる。大和地方を治めた最初の神は・・・ニギハヤヒ? また、彦火明命(ひこほあかりのみこと)とも言われ、同神? ニギハヤヒは、ニニギよりも早く天孫降臨している神ということですが、本当に気になる神様です。

三谷八幡神社 2025 01 25

ふらっと立ち寄る村の鎮守様的な・・・おでかけついでに町中にある神社をのぞいてみるのもいいものです。
梅が綺麗でした。
〒142-0062
東京都品川区小山5丁目8-7

御祭神

誉田別命(応神天皇)
(ほむたわけのみこと)
摂 社 宇迦之御魂神
(ウカノミタマ)
境 内 地蔵尊、馬頭観音、庚申塚

御由緒

こちらは小山八幡神社からの分祀にて創建とされています。
小山八幡神社は長元3年(1030)ご創建の八幡神社で、小山村一帯の鎮守です。江戸時代の延宝・元禄年間(1673~1704)に三谷地区の名主・石井助太夫が小山八幡神社の八幡神像を屋敷内に奉遷されました。その後、当地にあった出世稲荷社の境内に遷座して「三谷八幡」と呼ばれるようになり、小山村・三谷地区の鎮守となりました。
https://sanya-hachiman-jinja.localinfo.jp/ より

御朱印

小山八幡神社と三谷八幡神社の両社祭の際の御朱印を頂きました。

「誉田別命・応神天皇(ほむたわけのみこと・おうじんてんのう)」
第15代天皇で、神功皇后(じんぐうこうごう)の子で武人として崇められました。日本中の八幡神社で祀られています。
「宇迦之御魂神(ウカノミタマ)」
日本神話に登場する穀物の神様です。古事記ではスサノオと神大市比売(カムオオイチヒメ)の子で大年(オオトシ)と兄弟(妹)。日本書紀では、イザナギ、イザナミの子。京都伏見稲荷大社をはじめ全国の稲荷神社で祀られています。性別はわかりませんが女神として表現されることが多いです。

ご祭神の謎
応神天皇は、仲哀天皇と神功皇后の子とされてるのですが、仲哀天皇崩御後に生まれ、はっきりと生まれた日にちが記されていることも意図的と言われています。父親説としては、武内宿禰、住吉大神、百済王説などがあります。4~5世紀頃の天皇と思われますが、この時代には渡来人の受け入れが多くあり、大陸文化も伝わった時代です。
宇迦之御魂神を祀る稲荷神社も渡来系氏族秦氏が深く関わり信仰していた神ともいわれ、秦氏は古代ユダヤともいわれ、このためウカノミタマとヤハウェを同一神とみる議論もあります。また、豊受大神(伊勢外宮に祀られるトヨウケノオオカミ)とも同一視されることがありますが信仰される場は異なります。すごく謎ですね。

赤坂氷川神社 20250215

赤坂氷川神社
スサノオさんに会いにやってきました。南口参道から入りましたので、稲荷には寄れていませんが、境内は何とも言えない江戸情緒?(いや子供の頃の懐かしさみたいな・・・)そんな懐かしい空気を感じました。ここが都会とは思えないほどなじむ感じです。
山車(だし)をみることができたのですが、神輿文化の発展した東京で山車をみることができるとは!!感激です。神武天皇や日本武尊の人形が乗っています。歴史ある文化財も機会があれば見たいものです。〒107-0052
東京都港区赤坂6-10-12
参考; https://www.akasakahikawa.or.jp/

御祭神

素盞嗚尊
奇稲田姫命
大己貴命(別名/大国主命)
出雲系神様です。

御由緒

創祀は、天暦5年(951年)東国を遊行していた蓮林僧正が一ツ木村(現在の赤坂4丁目付近)で一夜を明かすと夢中で御祭神のお告げがあり、この地に氷川明神の社殿を建てお祀りをしたことにはじまります。
徳川吉宗公建立の御社殿は、幾多の震災・戦災を免れ建立当時の姿を現代に伝えます

参考; https://www.akasakahikawa.or.jp/

御朱印

素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本神話においては、神剣・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、三種の神器のひとつ「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」を八岐の大蛇(やまたのおろち)の退治にて手に入れるなど勇猛果敢な神様です。

奇稲田姫命(くしいなだひめ/くしなだひめ)
八岐の大蛇の生贄となったところを素盞嗚尊に助け出されました。後に結婚し、この際に素盞嗚尊が詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠み(つまごみ)に 八重垣作る その八重垣を」は、和歌の起源とされています。

山車(だし)神武天皇・日本武尊が鎮座した山車を観るのは初めてです。

代々木八幡宮2026 01 20

烏森神社 2025 10 31

倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)
※稲荷神
天鈿女命(アメノウヅメノミコト)
※天岩戸伝説で踊った神様
瓊々杵尊(ニニギノミコト)
※天孫降臨した天照大神の孫

関東で瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀っているのは珍しいなと思い来てみました。古事記では神が初めて地上へ降りたというお話で出てきます。大国主(オオクニヌシ)が国譲りをした神が瓊瓊杵尊です。天照大神の孫ですので、現在の天皇家先祖となりますね。ほんとに存在していたかは別として、ご利益はなんでしょう。家庭円満?かしら。また、天鈿女命(アメノウヅメノミコト)を祀っているのも珍しいです。関西の方では猿田彦神と祀られることもありますが、芸事の神様として勧請されたのでしょうか。詳しいご由緒はわかりませんでした。

成子天神社 2025 05 31

東京メトロ西新宿駅1番出口からわずか2分の成子天神社へ行ってきました。ここは七福神巡りしなくても七福神がいらっしゃるありがたい神社です。そして、なんとここには木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)が祀られているということで、富士塚ととも興味津々!!
でもでも・・・天神様ということは菅原道真が主祭神の神社なんですよ。
謎ですねー・・・
あいにくの雨でしたが、お参りの間は雨も小降りでラッキーでした。

〒160-0023
東京都新宿区西新宿8-14-10
参考; http://www.naruko-t.org/

本殿
天神様(菅原道真公)
>>摂社<<
浅間神社
木花之佐久夜毘売
(このはなのさくやびめ)
水神社
水波能売命
(みずはのめのみこと)
鳴子稲荷神社
宇迦御魂命
(うかのみたまのかみ)
大神宮
天照大御神/天照皇大神
(あまてらすおおみかみ)
大鳥神社
日本武命
(やまとたけるのみこと)
七福神
恵比寿、大黒天、毘沙門天、
弁財天、布袋、福禄寿、寿老人

まずは千百年ほど前は、アマテラスを祀る神域だったそうで、903年に菅原道真公がなくなり、家臣の佐伯と斎宮がその徳を慕い、公の像を柏木村に持ち帰り祀ったことで後に家光公より柏木鳴子の地を賜り、天神社として社殿を創建した。
もともとは天照大御神から始まり、天神様から現在にむかって、時代の流れとともに様々な神様が勧請されて集まってきた神社です。鎮座する多様な神様たちを知ると、ここがとてもパワーのある神域であることが感じられます。
都会のど真ん中ビルやマンションで囲まれたこの場所は、都会の中の静寂を保つ神域なんだと感じることができますよ。

菅原 道真 公 (すがわらのみちざねこう) =天神様
平安時代中期に活躍した貴族・学者・政治家で、学問の神様として広く天神様として祀られています。藤原時平の策謀により、無実の罪で大宰府に左遷されました。亡くなって後は全国各地に天満宮が建てられ、学問成就や厄除けなどのご利益を祈願するようになりました。

木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)
日本神話に登場する神様で、父は大山津見神(おおやまつみのかみ)配偶者は天孫降臨で有名な邇邇芸命(ににぎのみこと)で姿美しい女神様。天皇家の系図に登場する重要な神である。別名がたくさんある。また富士山信仰との結びつきが有名だが、父が山の神だからなのか・・・その辺の富士信仰とのつながりは謎。神話では出産時に火の中で3人の子を産んだことも関連しているのかもしれない。また、邇邇芸命(ににぎのみこと)との婚姻の際に大山津見神は、木花之佐久夜毘売の姉で石長比売(イワナガヒメ)を邇邇芸命に嫁がせようとしたが、邇邇芸命は美しい木花之佐久夜毘売だけを娶った。そのせいで神の寿命は、人間のように短くなったという神話が描かれている。

成子天神社写真の順
参道→赤鳥居→ご由緒書き→手水社→神門(風神雷神)→本殿→撫牛

摂社他の写真
大神宮→鳴子稲荷神社→三つ鳥居井戸→水神社→浅間神社→木花之佐久夜毘売→富士塚由緒書き→富士塚

富士塚は大正9年(1920年)、境内の小山に富士山の溶岩が運ばれて築かれた。新宿区登録文化財になっている。霊峰富士・・・この日は雨でちょっと怖かったので上らなかったけど、頂上まで登ることもできますよ。

七福神他写真
布袋和尚→寿老人→福寿老→弁財天→毘沙門天→大黒天→恵比寿→おもかる石由緒書き→おもかる石

その他写真
狛犬→夫婦公孫樹(めおといちょう)→成子天神社案内

おまけ・・・
成子天神社は新宿駅からも歩いてもいける。(今回は電車つかいましたが)
帰り道は新宿まで歩きました。西新宿からの帰り道にSOMPO美術館があるので、寄り道していくものよいかと思います。この日は藤田嗣治展をやっていたが、ここにはゴッホの「ひまわり」が常時展示されている。
1987年、53億円という超高額で購入されたそうだが、この世界にひまわりを題材にしたゴッホの作品は十数枚あるといわれるが、その一つがここにあるので、帰り道に鑑賞するのもよいかもです。

日比谷神社 2025 10 31

豊受大神(とようけのおおかみ)
※伊勢神宮外宮に祀られる神様

祓戸四柱大神(はらいどのよつばしらのおおかみ)
瀬織津比賣大神(せおりつひめのおおかみ)
速開都比賣大神(はやあきつひめのおおかみ)
気吹戸主大神(いぶきどぬしのおおかみ)
速佐須良比賣大神(はやさすらひめのおおかみ)
※祓戸四柱大神はいろんな神社にお祀りされています。

新橋にあるのになぜ日比谷神社?
旧麹町区日比谷公園の大塚山という所に鎮座していましたが、江戸城築城に際し芝口へお引越し。その後、関東大震災(大正12年)の影響で昭和三年の都市計画区割整理の対象となり、愛宕下町二丁目に換地されて、現在の新橋四丁目に日比谷神社の御社殿が造営。社名は変えなかったようですね。以降、日比谷神社は新橋の鎮守様として広く崇敬を集め幾多の災厄に遭うも、その都度氏子崇敬者の方々の御厚意をもって再建されたようです。(ホームページ参照)
祓戸四柱が祀られているのはそんな事情もあったからなのでしょうか?
〒105-0021
東京都港区東新橋2-1-1
休務日:毎週水曜日
新橋駅 徒歩5分
都営大江戸線 汐留駅 徒歩3分
参照; https://www.hibiyajinja.net/

虎狛神社 2025 05 26

5月26日(月)深大寺の元三大師像(がんざんだいしぞう)の特別開帳へ行ってきました。その帰り道、深大寺とも縁のある虎狛神社へ足を延ばしました。虎狛神社は延喜式内社で、崇峻天皇の時代588年に大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)=神大市比売 (カムオオイチヒメ)を勧請し創建された神社だが、のちに深大寺を創建した満功上人の祖父母が祀られ、深大寺の守護神とした。(「深大寺縁起」より)その後750年には虎狛神社の別当、祇園寺で父母が祀られるようになる。
神大市比売を祀る神社は多くないので、この地に祀られていることも興味深いので、寄り道してみました。

〒182-0016
東京都調布市佐須町1丁目14−3

本殿
大歳御祖神
(おおとしみおやのかみ)
相殿神
倉稲魂命
(うかのみたまのみこと)

本殿は調布市指定有形文化財となっており、覆殿によって本殿そのものは観ることはできません。文化財ですしね。「虎」が社名に入っているのは深大寺を創建した満功上人の祖母の名が「虎」であっとことに由来するらしい。「狛」は祖父の住んでいた地が佐須村の旧名を狛の里(かしわのさと)でこの名がつけられたようだ。ただ、祖父母の痕跡は現在は社名のみである。ちなみに・・・「かしわ」は漢字では「柏」なので、「狛」をかしわと読んでいたのも疑問ではある。

虎狛神社の御朱印は、本務社である狛江の伊豆美神社で頂くことができるようです。いずれ伊豆美神社へも参拝してみようと思います。

境内はシンと静まり返り、こじんまりとしています。文化財であり式内社であるので保存は大丈夫と思いますが、こういう歴史ある神社をひとつでも多く残していきたいものです。
注)由緒書きの写真が撮れていなかったので、ありません。(・_・;)

大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)=神大市比売 (カムオオイチヒメ)日本神話に登場する神様で、スサノオの2番目?の奥様で、父は大山津見神(おおやまつみのかみ)で、大歳神(おおとしがみ)=年神様と、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)=稲荷神の二人の子を産んでいます。農耕神・食料神として信仰されていますが、名に「神」を冠するのはなぜか・・・なにか意味はあると思うのですが謎。また「大」や「市」は、人の集まる市場ではないかとも言われています。ほんとうに古事記のスサノオ系統にしか登場しない神様で、二人の子供はとても有名な神様なので存在としてとても謎であります。

おまけ・・・
深大寺の元三大師像(がんざんだいしぞう)の特別開帳は、朝10時半ころで50分待ちでどんどん人が増えていきました。でもお姿を拝顔できたし、目の前でお経もよんでもらえて願い事もしてきました。特別開帳記念の御朱印もありますので載せておきたいと思います。

ランチ・・・
深大寺蕎麦をランチでと・・・深大寺から少し歩くと深水庵というお蕎麦屋さんがあり、そちらで天ざるそば食べてきました。(蕎麦は大盛りでも普通で盛りでも料金同じでお得かも)参考:https://chofu.com/shinsuian

蛇窪神社 2025 05 03

令和7年(2025年)の干支は蛇年。いうことで、なんとか早い時期に行きたいと思っていた神社に行ってきました。まずまず爽やかな日。情報番組(T.V)などで神社の外まで行列になって入れないほど年明けの込み具合が話題になっていたので少し人気がおさまってから行こうと決めていましたが、相変わらず人は多かったです。そんなに並ばずに参拝できたのはラッキーでした。白蛇様がいっぱいおられました。
〒142-0043
東京都品川区二葉4-4-12
参考; https://hebikubo.jp/

御祭神

本殿
天照大御神
天児屋根命(あめのこやね)
応神天皇
白蛇辨財天社
市杵島姫神(いちきしまひめ)
田心姫神(たごりひめ)
湍津姫神(たぎつひめ)
蛇窪龍神社
蛇窪龍神

御由緒

ご利益は、良縁・財運・病気平癒・心身清浄・立身出世。
拝殿から右に白蛇様の夫婦がおられるので撫でて開運を願いましょう。蛇窪龍神社では7匹の白蛇と8匹目の白龍を言い伝えで再現。(今回は入ることができませんでした)白蛇辨財天社では、銭洗所があるので、財運隆昌を願うとよいかもですね。他にも愚痴壺や不要なエネルギーを払う親子岩など、お祓い系のご利益が盛りだくさんです。

御朱印

天児屋根命(あめのこやねのみこと)
日本神話に登場する神様で、アマテラスが岩戸に隠れたときにフトダマとともに祝詞を奏上しました。あの中臣氏(後の藤原氏)の祖神であり春日大社などでお祀りされています。
私の疑問と考察
蛇窪神社の本殿にはアマテラス・アメノコヤネ・応神天皇と、組み合わせとしてはどういう意図での勧請なのかな・・・と感じました。もとは白蛇様のご利益で建立されたようなので、本殿の神様は応神天皇が鎮座することから武家時代の八幡信仰もかかわっているのかなと考えてみました。

蛇窪神社の境内マップがありました。ひとつずつゆっくり参拝するのがいいですね。