浄閑寺~一葉記念館~桜なべ~神谷バー
本日の墓地さんぽは吉原にまつわるのです・・・
2025年、NHK大河ドラマ『べらぼう』でずいぶん吉原遊郭がクローズアップされたが、現在の吉原遊郭跡や投げ込み寺と言われた浄閑寺とか、そばで商売をしていた樋口一葉や、いまも名残りがのこる桜鍋のお店など、とてもとてもタイムトリップな散歩です。
先に感想を書いておこうかな・・・
遊郭という場所は海外の奴隷制度とは違うのだけれど、人身売買というか・・・しかも女子が借金の肩代わりに家族などに売られてしまうなど、悲しい背景がありながら、日本の華やかな文化をもになってきたところもあり、でも今回投げ込み寺など廻ってみて命の短い遊女たちの人生に胸が苦しくなりました。それでも浮世絵の世界や美しい呉服や装飾など、また江戸のメディア王と言われる蔦重をうみだしたり、女性としては嫌なんだけど、人としては興味がつきないなと感じました。
浄閑寺
江戸時代の吉原遊廓に近く、身寄りのない遊女たちが葬られた歴史から、通称「投げ込み寺」として広く知られています。
1855年(安政2年)の安政の大地震で犠牲となった多くの遊女たちが、この寺に投げ込むように葬られたことが始まりとされています。これまでに葬られた遊女の数は約11,000人にものぼると伝えられています。



若紫の墓
吉原一の美女と謳われながら悲劇的な死を遂げた遊女。
1903年(明治36年)、若紫は客であった岡田某によって心中を迫られ、浄閑寺に近い三ノ輪の路上、あるいは楼閣内で刺殺されたと伝えられています。彼女は身請けを目前に控えていたと言われており、幸せを掴む直前で命を落としたその最期は、多くの人々の同情を誘いました。
永井荷風碑
作家の永井荷風は、遊女たちの悲哀に満ちた歴史に深く共感し、彼が詠んだ歌碑が残されています。死んだら浄閑寺に葬ってもらいたいという希望もあったと聞きましたが、お家柄の良い荷風の希望はかなわなかったようです。



遊女のための新吉原総霊塔
ここには多くの身寄りのない引き取り手のない遊女の遺骨が収まっています。中を覗くことができますが、現在は数が少ない骨壺がみられました。1793年(寛政5年)に最初の供養塔が建てられ、その後、多くの無縁仏となった遊女を合祀する現在の総霊塔へとつながっています。塔の前には、遊女たちの悲哀を詠んだ「生まれては苦界、死しては浄閑寺」という川柳が刻まれた碑も残されています。


「首塚」および「首洗い井戸」
この首塚に祀られているのは、江戸時代、本庄兄弟(助七・助八)の父の仇である本庄茂平(ほんじょう もへい)の首とされています。討ち取った茂平の首を、浄閑寺の境内にある井戸で洗って検分に備えたという伝説が残っており、その井戸は現在も「首洗い井戸」として保存されています。


樋口一葉(樋口一葉記念館)
明治時代の小説家・歌人。貧困の中で一家の戸主として家族を支えるため、筆一本で生計を立てようとした先駆的な女性です。一葉は1893年(明治26年)7月から約10ヶ月間、現在の台東区竜泉で、母と妹の3人で小さな店を営みました。元士族としての体面があり、知人に商売をしている姿を見られないよう、馴染みの薄い土地を選びましたが、当時の龍泉寺町は吉原遊廓のすぐ裏手に位置し、水はけが悪く蚊が多い貧民街だったため、家賃が非常に安価でした。24歳という若さで亡くなりましたが、死の直前のわずか1年半の間に数々の名作を書き上げたことから、この期間は「奇跡の14ヶ月」と称されています。その功績から、2004年に発行された五千円札の肖像にも採用されました。一葉の作品は、雅文体(古文のような文体)で書かれています。もちろん現代では、現代語訳版で出版されています。


吉原大門・見返り柳
あとかたもなく何も痕跡はありまんが、ここに吉原大門があったとか、吉原へ入る道は中が見えないようにカーブしているとか、そんなところに昔のその姿を想像するのです。かろうじて残るのが見返り柳。遊んだ客たちが後ろ髪をひかれる思いで振り返ったと言われているそうです。現在の吉原は、かつての遊郭の流れを汲み、現在も140店舗以上のソープランドが軒を連ねています。







吉原神社
吉原の遊郭に祀られていた5つの稲荷神社と、隣接する吉原弁財天が合祀されてできた神社。古くから遊郭の総鎮守として遊女たちの信仰を集めていました。

桜なべ中江
東京・吉原の地で明治38年(1905年)に創業した、120年以上の歴史を誇る馬肉料理(桜なべ)の老舗
隣接する天ぷら店「土手の伊勢屋」とともに、吉原の歴史を今に伝える名店として多くの観光客も訪れます。かつての吉原周辺には「桜なべ」を出すお店が数十軒も軒を連ねていました。
なぜ桜なべ?
遊郭でお金を使い果たした客が、乗ってきた馬を質に入れ、遊び代の支払いに充てることがあり馬が安価に手に入ったり、馬肉は高タンパクで栄養価が高いため、遊郭へ行く前や帰り道に「精をつける」ためのスタミナ料理として非常に人気があったようです。桜なべ!おいしかったぁ💓
https://tabelog.com/tokyo/A1324/A132401/13003746/





神谷バー
https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13003664/
電気ブランは、明治時代に東京・浅草の「神谷バー」で誕生した、ブランデーベースの琥珀色リキュール(ブランデー、ジン、ワイン、キュラソー、薬草をブレンド)です。当時珍しかった電気が名前の由来で、ビリリとした刺激的な甘さが特徴。文豪にも愛された下町の名物。太宰治の小説『人間失格』にも登場します。当時の文豪気分💓で頂いてきました。




