登戸研究所資料館 2025 03 20

さて、この日は生田の駅を降り五反田川を横目に明治大学生田キャンパスにたどりつくまでは戦争の遺物についてこれまでと同じよう戦争の悲惨な被害による教訓となる施設・・・と思い歩いていた。キャンパスという場所も入る機会も今はなく、俗用でいえば浮足立っていたかもしれない。しかしながら、その遺物の館を前に、本来の意味を持つ「浮足立つ」に気持ちは変わっていった。
ここは恐ろしい場所だった・・・

私の感想など聞かなくても、インターネットでいくらでも現在は知ることができる。それでもあえて、ここに私の感じたことを残しておこうと思う。私にとっては大きく深い課題ではあるが、墓地ぼち散歩の卒業にはふさわしいかもしれない。また、資料館を見学するにあたり、資料館スタッフさんがガイドをしてくれたので、多くはガイドに基づくものである。

※館内の写真撮影は禁止なので、ホームページで公開されているものを使用させていただきました。

※帝銀事件で発覚する日本軍の実態、秘密研究
参考  2021年8月7日 講演会 YouTube

第1展示室
登戸研究所の全容
ここでは、もともとの研究所ジオラマが展示されている。生田のこの高台に多くの働き手が仕事を求めてやってきたのだろう。軍研究所が政府下にあるなか、登戸研究所は1937年に設置された参謀本部直下の研究所だった。つまり、政府の方針とは別に秘密戦の研究を自由に行うことができたのである。登戸研究所は、正式名称を第九陸軍技術研究所という。この土地はもとはブラジル移民のための研修所(日本高等拓殖学校)だったそうで、研究所を経て、戦後は慶應義塾大学に貸し出され、1951年に明治大学農学部が移転してきたそうです。

第2展示室
登戸研究所第一科 風船爆弾

直径10mの和紙とこんにゃく糊をはりあわせてつくられた風船をアメリカ大陸まで到達させるべく研究された。ジェット気流にのせて2晩と半日で到達したそうです。高度維持装置を自動で落とすしくみや、到達後燃え尽きる設計だったそうです

将来的にはウィルスを乗せる予定だったようです。アメリカ大陸には1000発以上が着弾。アメリカ側の被害は、6名(子供5名、妊婦1名)着弾した不発弾にさわった子供たちの命が奪われました。9300発が放球され、犠牲は6名。ガイドスタッフの方がこの数をどうおもわれますか?という質問がきたが・・・・・答えようもなかった。成功か失敗かでいえば、日本軍としては失敗なのだろう。また、試験段階での日本側にも被害がでているらしく、そちらの方が多かったかもしれない。

この風船爆弾の製造に関わったのは、日本全国の女学生。余談ではあるが私の母(93歳)は、岐阜県で女学生の頃、この和紙とこんにゃく糊をはりあわせる作業をしたそうだ。なので、風船爆弾のことは知っていた。その作戦研究をしていたのがこの場所であったとは・・・。それにしても海でなく空。気象条件などの調査などどのようにしたのか・・・
日本の天気予報にそのころの知識が生かされたと信じたい。

第3展示室
登戸研究所第二科 生物兵器 毒物 スパイ機材


諜報部員が使用するスパイ道具を研究開発するグループや、枯葉剤や毒物を研究するグループ、細菌研究など7班もの研究グループがあったようです。

スパイ道具といえば、映画で観るようなものでしょうか・・・カメラ・ライター・カバンなど。そしてなによりも、動物で実験していた生物兵器。こちらでは多くの動物で実験したため慰霊碑が建立されています。人体実験をしたのは、あの有名な731部隊。中国のハルピンや南京などで死刑囚などにこの実験を行ったそうです。リアルな証言として私記が公開されていました。

「はじめは厭であったが、馴れると一ツの趣味になった・・・(略)」
人の心理はどうしてこのように変化するのか・・・人の死よりも知識欲が上回っていくのだろうか。命を奪う行為にいつ何時、どのような事態であっても否定的でありたいが、経験した人でしかわからない気持ちだろう。悲しいことだ。

4展示室
登戸研究所第三科 印刷技術研究 偽札


キャンパス内には、5号棟、26号棟という木造平屋建ての建物が存在しましたが、老朽化のためそれぞれ2011年、2009年に解体されたそうです。

5号棟は偽札の印刷工場、26号棟は偽札の保管倉庫として使用されていたそうです。1937年に日中戦争がはじまりますが、日本は武力での制圧は難しく、経済戦争をしかけるため偽札を作ったようです。国家が他国の偽札を作ることは国際的道義にも反しますので、偽札作りの第3科は3mの板塀で囲われていたそうです。偽札は中国国内の経済の混乱と現地での物資調達の目的で日本円にして40億円分も刷られたそうです。

しかしながら、予算も労力もかけたこの作戦は中国で起きたハイパーインフレのせいで失敗に終わりました。日本が刷った少額の紙幣よりも大きな額の紙幣が発行されたため使うことができなくなったのです。この印刷技術も後の日本紙幣の素晴らしい技術になんらかをもたらしているとしたら複雑な気分ですね。

第5展示室
研究所の疎開から現在の研究所保管に至るまで

第2次世界大戦で戦況が悪化し、研究所は長野に疎開しました。内地に敵軍が攻め込んだら必要となる水などに毒を入れ、自分たちはきれいな水が確保できるように、ろ過装置が研究されその遺物が長野で発見されたそうです。敗戦となると、機材や資料、印刷物などはすべて処分されます。証拠隠滅・・ですが、一人の女性が1冊の「雑書綴」を持ち出します。もちろんみつかれば重犯罪、後に第2科での様子を読み解くことができた貴重な資料となりました。

暗室

研究所には暗室が1部屋用意されています。
入口から中に入るのに工夫がされていてドアをしめ、電気を消すと廊下の光さえさえぎられ完全な暗室になります。
写真の現像はもちろんですが、どのような実験に使われていたかはわからないそうです。

戦争犯罪としての研究
さて戦後GHQによって接収された研究所ですが、関係者は尋問を受けたにも関わらず戦犯とはなりませんでした。アメリカへの情報提供を条件に免除されたようですが、真実は闇の中・・・ですが、朝鮮戦争やベトナム戦争で登戸研究所の開発された生物化学兵器の技術が使用されたなどとも言われたり、帝銀事件の際には、731部隊や登戸研究所関係者が捜査対象になったりしましたが、捜査は途中で頓挫・・・なぜなのでしょうね。

沈黙から記憶の保管へ
登戸研究所第2科第一班長であった伴氏は、沈黙を守ってきましたが長野県赤穂高校の高校生たちの取り組みによって、その気持ちが軟化していきます。話せないこともあるが、歴史は残していきたい。高校生である彼らにだからこそ語るのだということで、元所員の人々も重い口を開き始め、その活動の後にタイプをしていた女性が隠し持っていた「雑書綴」も提供されることになったり、こうして登戸研究所の歴史は闇に埋もれず歴史研究保全されていくことになったのです。

キャンパス内の遺物その1
弾薬庫

これは薬品などの保管庫ではないかといわれています。通称が「弾薬庫」だそうです。年中一定の温度だそうで保管庫に適していたことでしょう。

キャンパス内の遺物その2
防火水槽

あちこちに防火水槽がおかれていました。

キャンパス内の遺物その3
消化栓


空襲はもちろん研究所内での研究火災も想定されていたのでしょう。
陸軍のマークである星印が記されています。

キャンパス内の遺物その4
第5号棟(偽札作りの棟)

現在は取り壊されています。駐車場になっていました。

キャンパス内の遺物その5
動物慰霊碑
実験動物の霊を慰めるための大きな石碑です。1943年に東条英機首相兼陸相から授与された勲章の副賞現在の価値で1000万のうち半分でこの碑を建てたそうです。後ろには「陸軍登戸研究所建之」と刻まれています。

キャンパス内の遺物その6
弥心神社 やこころじんじゃ

(現、生田神社 (いくたじんじゃ))
動物慰霊碑の他、1000万円のうちの半分を使い、この神社は建立されました。ここには有志で建てられた句碑があります。
「すぎし日は この丘に立ち めぐり逢う」という句で、これはこの研究所で勤めた人達が、死ぬまで沈黙を貫こうとおもっていた記憶を、戦後数十年を経てこの丘に立ち話すことが許されたなという気持ちの句だそうです。

ここでひとつ・・・・私が注目したのは、この神社に勧請された神様なのですが、八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)この神様は有名な日本神話アマテラスの岩戸隠れの話でアマテラスに外に出てきてもらうために知恵を絞る神様です。また、国譲り神話では出雲へ送る使者選定をし、天孫降臨では八咫鏡を祭事に用いました。知恵と計略の神様です。八幡信仰(応神天皇・・・勝利の神)ではなく思兼神を勧請したことはこの研究所に似つかわしいのかもしれません。なぜか・・・勝利とかでなく知恵。戦争に関するこの研究所の存在意義がこの神様を勧請した意味にもつながるのかなと感じました。

最後に。
今回の登戸研究所は日本人にとって負の遺物とも言えます。ですが、戦争は加害も被害も両面が必ず存在し、どちらにたっても辛い傷を負うのです。そんな人生をこの先の人類にしてほしくないと強く思いました。辛い歴史もまず知ることが大切だし、日本の教育から歴史そのものが選択性に変わっていくこともとても納得できません。すばらしい古代史から現代史まで日本の歴史は学んでいくべきものと強く強く感じました。

最後の最後は・・・
ハッピーアワー?
生ビールに餃子やニラ玉で小腹を満たし、五反田川の桜を眺め佳い一日を終えました。

これで私の墓地ぼち散歩は卒業となりました。

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